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東京地方裁判所 平成8年(ワ)16432号 判決

原告

布川茂男

右訴訟代理人弁護士

永石一郎

土肥將人

渡邉敦子

被告

住宅金融公庫

右代表者総裁

高橋進

右訴訟代理人弁護士

福嶋弘榮

右訴訟復代理人弁護士

増田亨

被告

鶴田祐二

主文

一  被告鶴田祐二は、別紙物件目録記載の不動産について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告鶴田祐二に生じた費用を被告鶴田祐二の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告住宅金融公庫に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文一項と同旨

二  被告住宅金融公庫は、別紙物件目録記載の不動産について、横浜地方法務局戸塚出張所平成六年四月四日受付第一二九八八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

第二  事案の概要

本件は、マンションを売り渡した原告が、買主である株式会社ケイ・スワ・エンタープライズが当初から代金支払意思がないのに、その意思も資力もあるかのように装い、原告をして売買代金が確実に支払われるものと誤信させ、マンションを売り渡す旨の意思表示をさせたとして、錯誤無効と詐欺による取消を主張して、同社の社員であり、登記簿上の所有名義人である被告鶴田に対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、被告鶴田から抵当権の設定を受けた被告住宅金融公庫に対し、抵当権設定登記の抹消登記手続を求めている事案である。

一  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがないか、末尾括弧書掲記の証拠によって認められる。

1  原告は、別紙物件目録記載のマンション(以下「本件マンション」という。)を所有していた。

2  原告は、平成六年二月八日、株式会社ケイ・スワ・エンタープライズ(以下「訴外会社」という。)の代表者である諏訪和雄(以下「諏訪」という。)との間で、次の約定で、本件マンションを二五五〇万円で訴外会社に売り渡す旨の合意をし(以下「本件売買契約」という。)、売買契約書を作成した(甲第三号証、原告本人)。

(一) 訴外会社は、手付金として一〇〇万円を支払い、残金は所有権移転登記手続完了までに支払う。

(二) 所有権移転登記手続は平成六年四月三〇日までに行う。

3  原告は、諏訪から、税金対策との説明を受けて、訴外会社が本件マンションを担保とする住宅取得資金融資への協力を求められ、これを了承した。(甲第九号証、原告本人)

4  訴外会社の社員である被告鶴田は、平成六年二月一五日、株式会社さくら銀行横浜支店を通じて、被告住宅金融公庫に対し、被告鶴田名義で本件マンションを購入物件とする中古住宅購入資金の融資を申し込んだ。右申込書には、購入物件として本件マンション、売主として原告、売買契約年月日として平成六年二月八日と記載されていた(乙第一、第五号証、証人丸井正則)。

5  被告住宅金融公庫は、平成六年四月三日、被告鶴田に対し、別紙債権目録記載のとおり、合計二三一〇万円を貸し渡し、同被告との間で、本件マンションについて、右貸付債権を被担保債権とする抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)を締結した。

右融資手続は、株式会社さくら銀行横浜支店において、原告、諏訪、被告鶴田、司法書士、銀行担当者が同席して行われた。(乙第二、第三号、第五号証、証人丸井正則、原告本人)

6  本件マンションには、原告から被告鶴田に対する横浜地方法務局戸塚出張所平成六年四月四日受付第一二九八七号売買による所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)が経由されるとともに、被告住宅金融公庫の被告鶴田に対する5の貸付債権を被担保債権とする横浜地方法務局戸塚出張所平成六年四月四日受付第一二九八八号抵当権設定登記がそれぞれ経由されている。

7  支払期日である平成六年四月三〇日を経過しても、訴外会社は、原告に対し、本件マンションの売買代金を支払わなかった。(甲第九号証、原告本人)

二  原告の主張

1  訴外会社は、当初から本件マンションの売買代金を支払う意思がないにもかかわらず、原告に対し、「代金は確実に支払います。」「代金支払に充てる資金は持ってます。ただ、節税のために銀行から融資を受けたいので協力してほしい。」などと述べて、売買代金を支払う意思も資力もあるかのように装い、原告をして右売買代金が確実に支払われるものと誤信させて、本件売買契約を締結した。

2  原告は、訴外会社が当初から本件マンションの売買代金を支払う意思がないにもかかわらず、売買代金を確実に支払ってくれるものと誤信して、本件マンションを売り渡す旨の意思表示をしたものであるから、右意思表示は、要素の錯誤にあたる。

本件では、第三者保護規定である民法九四条二項は適用されない。同条項が適用されるのは、真実の権利者と異なる者に不動産の登記名義が存在し、その虚偽の登記名義の作出につき真実の権利者に帰責事由が存在する場合である。しかし、被告住宅金融公庫が抵当権を設定した時点において、被告鶴田名義の登記は存在していなかった。

3  原告の売買の意思表示は、訴外会社の詐欺によるものであり、原告は、訴外会社に対し、平成九年六月二四日到達の内容証明郵便をもって、右意思表示を取り消した。

本件では、民法九六条三項は適用されない。民法九六条三項の善意の第三者として保護されることの前提として、「詐欺による法律行為に基づいて取得された権利」が存在していることが必要であるところ、本件においては、本件マンションを原告が被告鶴田に譲渡していないことはもとより、訴外会社が被告鶴田に譲渡したという事実もなく、被告住宅金融公庫が被告鶴田と本件抵当権設定契約を締結した時点では、被告鶴田はまったくの無権利者であった。

被告住宅金融公庫は、詐欺の事実を知っていたか、仮に、知らなかったとしても過失がある。すなわち、住宅取得資金の融資の場合、買主に対する融資の際に、売主に対する代金支払も同時に行われるのが通常であるが、被告住宅金融公庫が被告鶴田に融資手続をした際には、融資金は原告に振り込まれていない。このような場合には、被告住宅金融公庫は、同席した売主に対し、売買代金受領の有無や代金支払が同時に行われない理由を確認すべきであり、そのような確認を行っていれば、原告が詐欺により本件マンションを訴外会社に売却したことを知り得たはずである。したがって、右確認行為を怠った被告住宅金融公庫には、詐欺の事実を知らなかったことについて過失がある。

三  被告住宅金融公庫の主張

1  訴外会社は、本件マンションを被告鶴田に譲渡し、中間省略登記の方法により、原告から被告鶴田への所有権移転登記が経由されたものである。

そして、被告住宅金融公庫は、平成六年四月三日、被告鶴田に対し、本件マンションの購入資金として二三一〇万円を融資し、これを被担保債権とする本件抵当権設定契約を締結し、これに基づいて本件抵当権設定登記が経由された。

2  仮に、原告の本件マンションを売り渡す旨の意思表示が錯誤にあたるとしても、また、右意思表示が訴外会社の詐欺によるものであるとしても、次のとおり、被告住宅金融公庫は善意無過失の第三者である。

本件マンションの購入資金の融資は、被告住宅金融公庫の受託金融機関であるさくら銀行横浜支店において、原告も同席のうえで行われ、銀行担当者、司法書士が不審を抱く点はなかった。したがって、被告住宅金融公庫は、原告が被告鶴田が所有権の移転を受けるのに必要な権利証、印鑑証明書、委任状を交付したため、これに基づいて被告鶴田に所有権が移転がなされるものと信じて、本件マンションの購入資金二三一〇万円を融資し、本件抵当権設定契約を締結した。

四  被告鶴田の主張

原告は、平成六年二月八日、本件マンションを被告鶴田に譲渡し、本件所有権移転登記は右売買契約に基づくものである。

第三  当裁判所の判断

一  前記前提となる事実及び証拠(甲第二号証の一及び二、第三ないし第九号証、乙第一ないし第三号証、第五ないし第七号証、証人丸井正則、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、マンションの買換えのため、株式会社サイ・コーポレーションとの間で本件マンション売却の専任媒介契約を締結した。原告は、同社を通じて買主を紹介され、平成五年七月一八日に本件マンションの売買契約を締結したが、支払期日までに売買代金の支払がなかった。右買主の仲介人は株式会社アーバンクリエイトであったが、その後、原告は、右買主から、同社とは一切関係がなく、売買契約書の署名捺印は同社が勝手にしたものであるとの内容証明郵便を受け取った。

2  原告は、株式会社アーバンクリエイトから、直ぐに本件マンションを購入したい人がいるので専任媒介契約を締結してほしいとの申入れを受けて、同社と専任媒介契約を締結し、株式会社サイ・コーポレーションとの契約を解約した。

3  原告は、平成六年二月八日、藤沢グランドホテル一階喫茶店において、株式会社アーバンクリエイトの社員から訴外会社の代表者である諏訪を紹介され、訴外会社との間で、本件マンションを代金二五五〇万円、代金支払期日同年四月三〇日の約定で売り渡す旨の合意をし、売買契約書が作成された。原告は、右同日、諏訪から一〇〇万円の手付金を受領し、売買残代金は二四五〇万円となった。

4  訴外会社の社員である被告鶴田は、平成六年二月一五日、株式会社さくら銀行横浜支店を通じて、被告住宅金融公庫に対し、本件マンションを購入物件とする中古住宅購入資金の融資申込をし、売買契約書の写し、収入証明書等を提出した。申込書には、購入物件は本件マンション、売主は原告、売買契約年月日は本件売買契約と同じ日である平成六年二月八日と記載されていた。

被告住宅金融公庫の受託金融機関である右銀行の担当者は、パスポートで本人であることを確認し、収入証明書で被告鶴田の返済能力を判断し、さらに、その後の同月二三日、売主原告、買主鶴田としたマンション売買契約書の原本を確認した。しかし、右売買契約書は、本件売買契約締結の際に作成された売買契約書とは異なるものであり、売主欄の署名捺印が原告のものではなく、原告が関知していないところで作成されたものである。

5  原告は、平成六年三月上旬ころ、株式会社アーバンクリエイトの社員から前記喫茶店に呼び出されて、右社員から「会社が倒産したので、登記や代金の支払は当事者間で行ってほしい。」と言われた。その場に同席した諏訪は、原告に対し、「私が責任をもって、契約を履行しますから、契約どおりお願いしたい。支払も期限どおり実行します。」と述べた。

6  諏訪は、当初は自己資金で代金を支払う旨述べていたが、平成六年三月二七日、前記喫茶店において、原告に対し、「会社の税金対策のために、本件マンションを会社の福利厚生施設として、銀行から融資を受ける方法により購入したいので、協力してほしい。あなたには迷惑がかからないように、四月三〇日までに必ず代金を支払います。」と要請し、原告は、本件マンションを担保とする融資に協力することに応じた。原告は、諏訪から税金対策との説明を受けたので、融資金が直接代金の支払に充てられるものとは考えなかったが、諏訪には資金力があると信じていたため、本件マンションの売買代金の支払には不安を感じていなかった。

7  同年四月四日、株式会社さくら銀行横浜支店において、原告、諏訪、被告鶴田、司法書士大沼郁実、銀行担当者が同席し、融資手続が行われた。原告は、被告鶴田とは初対面であり、諏訪からは本件マンションに住む予定の訴外会社の社員であると紹介された。右融資手続は、被告住宅金融公庫が本件マンションを担保として二三一〇万円を被告鶴田に貸し付けるという内容であり、被告住宅金融公庫は、被告鶴田から、抵当権設定契約証書のほか本件抵当権設定登記手続に必要な書類の交付を受けた。一方、原告は、所有権移転登記手続に必要な関係書類に署名捺印し、右司法書士に交付したが、原告としては、原告から訴外会社に所有権移転登記されるものと認識していた。右手続後、原告は、諏訪から、売買残代金と同額が記載された借入領収書を渡され、借入金というのはあくまでも建前で売買残代金は支払期日に現金で支払いますとの説明を受けた。

右融資金は、右同日に被告鶴田の口座に入金され、同日中に二二五〇万円が出金された。

8  同銀行同支店を出ると、原告は、諏訪から、節税対策に必要な書面を作成したいとの説明を受けて、公証人役場に同行することを要請され、原告は、諏訪に協力して代金を支払ってもらいたいとの気持からこれに応じ、公証人役場において、平成六年四月四日原告が訴外会社に売買残代金と同額である二四五〇万円を貸し渡した旨の金銭消費貸借公正証書を作成した。その後の同年四月二一日、原告は、諏訪から呼び出されるまま弁護士事務所に行くと、訴外会社と原告がメガネショップの共同事業を行い、右公正証書に基づく借入金は共同事業の出資金であることを確認するとの内容の確認書が用意されていた。原告は、右確認書が事実に反するものであったので、これに署名捺印することに不安を感じたが、売買残代金の支払い期日を目前にしていたことから、諏訪の意向に従うことにして、同書面に署名捺印した。

9  訴外会社は、支払期限である平成六年四月三〇日が過ぎても、本件マンションの売買代金を支払わず、事務所は閉鎖され、電話も通じなくなり、原告は、訴外会社及び諏訪との連絡がつかなくなった。原告が本件マンションの明渡の強制執行をした際には、被告鶴田、諏訪、諏訪の母親が本件マンションに居住していた。原告は、同月二四日、新聞記事で、諏訪が警視庁捜査二課と昭島署に、埼玉県内の会社社長から約四億五〇〇〇万円を騙しとったとして詐欺罪の容疑で逮捕されたことを知った。

二  被告住宅金融公庫に対する抵当権設定登記抹消登記請求について

1  右一で認定した事実によれば、訴外会社代表者諏訪は、当初から本件マンションの売買代金を支払う意思がないにもかかわらず、原告に対し、その意思があるかのように装い、原告をして右売買代金が確実に支払われるものと誤信させ、本件マンションを売り渡す旨の意思表示をさせたことが認められる。

もっとも、当初から訴外会社代表者諏訪に代金支払意思がなかったとの点については、本件売買残代金と同額の金額が記載された訴外会社作成の平成六年四月四日借入領収書、平成六年四月三〇日を弁済期、借入額を本件売買残代金と同額とする原告と訴外会社間の右同日付金銭消費貸借公正証書、右公正証書に基づく借入金が原告と訴外会社間の共同事業の出資金であることを確認する旨の確認書が作成されていることは、前記一で認定したとおりであり、原告が被告住宅金融公庫からの融資金を訴外会社に貸し付けたとの一応の体裁が整っていることが認められる。しかし、前記一で認定した経緯に照らせば、右各書面はいずれも、諏訪が、将来詐欺等で訴えられたりした場合に自己の行為を正当化する目的で、原告に対する欺もう行為の一環として作成されたものであり、むしろ、右の各証拠は、訴外会社代表者諏訪が当初から売買代金を支払うつもりがなく、原告を欺く意図であったことを裏付けるものということができる。加えて、本件売買契約締結直後の平成六年二月一五日の時点で、訴外会社の社員である被告鶴田名義で本件マンションを購入物件とする中古住宅購入資金融資の申込がされ、原告が関知していない原告と被告鶴田間の売買契約書の写しが被告住宅金融公庫に提示されていることを考え併せると、訴外会社代表者諏訪が当初から本件売買代金を支払う意思がなかったことは明らかというべきである。

したがって、本件マンションを売り渡す旨の原告の意思表示は、訴外会社代表者諏訪の欺もう行為により、本件マンションの売買代金が確実に支払われるものと誤信したことに基づくものであるから、要素の錯誤にあたり、かつ、詐欺による意思表示にも該当すると認めるのが相当である。

そして、証拠(甲第一〇、第一一号証)によれば、原告は、訴外会社に対し、平成九年六月二四日到着の内容証明郵便をもって、右意思表示を取り消したことが認められる。

なお、被告住宅金融公庫は、売買代金を支払わないことは要素の錯誤にはあたらないと主張し、なるほど、買主の支払能力の有無は売主が負うべき危険であり、買主の資力の点で錯誤の問題が生じるとしても、多くの場合動機の錯誤にすぎないから、単に売買代金を支払わないということだけでは要素の錯誤にはあたらず、債務不履行が生じるにとどまるというべきであるが、右にみたとおり、買主が当初から代金支払いの意思をまったく欠き、その欺罔行為により代金が確実に支払われるものと売主が生じた場合には要素の錯誤に当たるものというべきであるから、被告住宅金融公庫の右主張は採用することができない。

2 詐欺による取消と錯誤による無効は、意思表示をした者の保護のために認められているから、必要に応じてそのどちらも主張できるものと解されるが、第三者保護規定については、本件のように、典型的な詐欺の事案であって、詐欺による錯誤であるがゆえに要素の錯誤とされ無効となる場合には、民法九四条二項の類推適用ではなく、詐欺の規定である九六条三項の適用を認めるのが相当である。

(一) まず、被告住宅金融公庫は、平成六年四月三日、被告鶴田との間で、金銭消費貸借契約を締結し、右契約に基づく債権を担保するために、本件不動産に抵当権を設定する旨を約したことは、前記前提となる事実のとおりであるから、被告住宅金融公庫は、民法九六条三項にいう第三者にあたるものというべきである。

これに対し、原告は、被告住宅金融公庫が被告鶴田との間で本件抵当権設定契約を締結した時点では、被告鶴田はまったくの無権利者であったから、被告住宅金融公庫は第三者にあたらないと主張する。しかし、仮に、本件マンションが訴外会社から被告鶴田に譲渡されていないとしたところで、その場合には、訴外会社が形式的に被告鶴田名義で登記したものとして、訴外会社と被告鶴田を同視できるのであるから、右の事情は、被告住宅金融公庫が民法九六条三項にいう第三者にあたるとの前記の判断に影響を及ぼすものとはいえない。しかも、訴外会社が原告との間で本件マンションの売買契約を締結し、原告から被告鶴田に本件所有権移転登記をし、被告鶴田名義で本件マンションを担保にして住宅取得資金名下で被告住宅金融公庫から融資を受け、その融資金を取得するという本件における一連の経緯からすれば、本件マンションを被告鶴田名義にすることは、被告代表者諏訪の欺もう行為の一環というべきであり、詐欺によって作出された外形そのものであって、被告住宅金融公庫は、右外形に基づいて新たな利害関係に入った者ということができる。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

(二) そこで、被告住宅金融公庫の善意無過失を判断すると、被告住宅金融公庫の受託金融機関であるさくら銀行担当者は、被告住宅金融公庫との取決めに従い、本件抵当権設定契約を締結するに際して、被告鶴田から中古住宅購入資金の申込を受け、同人が本人であること及び本件マンションの売買契約書の原本を確認し、本件不動産の担保価値及び被告鶴田の返済能力を相当な方法で判断し、当日、原告と被告鶴田が同席するなかで被告鶴田から必要書類の交付を受け、本件抵当権設定契約を締結したことは、前記一で認定したとおりであるから、被告住宅金融公庫は、本件抵当権設定契約締結にあたり、金融機関として通常要求される手続を履践したことが認められ、原告本人も、融資手続の際、特にかわったことはなく、違和感のない普通の進行であった旨供述しているから、被告住宅金融公庫は、被告鶴田に真実に所有権が移転されたものと信じ、そのように信じたことについて過失がなかったものと認めるのが相当である。

これに対し、原告は、住宅取得資金の融資の場合、融資と同時に売主に対する代金支払が行われるのが通常であり、本件のように、融資金が売主である原告に振り込まれない場合には、被告住宅金融公庫は、原告に対し、売買代金受領の有無等を確認すべきであったと主張するが、売買契約と融資契約は別個の契約であり、しかも原告は融資契約の相手方でもなく、そのような確認義務を被告住宅金融公庫に認めるべき法的根拠はないから、原告の右主張は理由がない。なお、前記一で認定したところによれば、右銀行担当者が確認した本件マンションの原告と被告鶴田間の売買契約書が訴外会社代表者諏訪によって偽造されたものであることが窺われるが、本件売買契約書には、仲介人として宅地建物取引主任の資格を持つ株式会社アーバンクリエイトの記名捺印があり、売主及び買主のそれぞれの署名捺印がされ、売買代金及び売買物件の表示に関する記載も整っていて、特に不自然な点がみられず(乙第七号証)、その記載内容だけからは右売買契約書が偽造されたものであることは容易に知り得ないし、被告住宅金融公庫には、売買契約の真偽を売主に問い合わせて確認するまでの義務もないから、右の事情は、前記の認定判断に影響を及ぼすものではない。

そうすると、被告住宅金融公庫は、民法九六条三項の善意の第三者に該当するものというべきである。

3  以上によれば、被告住宅金融公庫に対する原告の請求は理由がない。

三  被告鶴田について

被告鶴田は、原告から本件マンションの譲渡を受けたと主張するが、原告の売買契約の相手方は訴外会社であって、被告鶴田でないことは、前記一で認定したとおりであるから、被告の右主張は採用できない。

もっとも、訴外会社と被告鶴田との間でいかなる合意があったのかは不明というほかないが、被告鶴田は、本件マンションの購入資金名下で、被告住宅金融公庫に多額の負債を負ったこと、本件売買契約締結後、被告鶴田が本件マンションに居住していたこと、被告鶴田名義の所有権移転登記が経由されていることは、前記一で認定したとおりであり、以上の事実に照らせば、原告と訴外会社間の売買契約締結後、本件マンションが何らかの理由により訴外会社から被告鶴田に譲渡されたとみる余地がまったくないわけではない。しかし、仮に、そうであるとしても、原告と訴外会社間の売買契約が錯誤により無効である(詐欺により取り消された)ことは、前記判断のとおりであり、被告鶴田から自己が善意無過失であることの主張立証もないから、原告は、被告鶴田に対し、本件マンションについて、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。

以上によれば、被告鶴田に対する原告の請求は理由がある。

四  よって、原告の請求は、被告鶴田祐二に対し、別紙物件目録記載の不動産につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官坂本宗一)

別紙物件目録〈省略〉

別紙債権目録〈省略〉

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